要(かなめ)の習慣

働き方改革が言われだして久しいが、なかなかその成果があがらない企業も多いようである。働き方は、長年蓄積された企業文化(その企業に共通に見られる組織行動、慣習)に大きく影響を受けている。例えば、仕事に対して妥協を許さずとことん向き合うといったことを大事にしてきた企業を例にあげてみよう。こうした企業は、「今日できることは今日済ませる」とか「24時間考え抜く」といったことを奨励してきている歴史があるケースが多い。こうした場合、世の中で喧伝されている働き方改革は「仕事に中途半端に取組めということか」といった誤解を生みやすい。よって現場が混乱するのである。働き方改革は仕事とプライベートのけじめをつけ、ワークライフバランスを優先させるという価値観の変革でもある。今まで、仕事優先で何事も取り組んできたこうした企業の社員にとって働き方改革は、自分たちが大事にしてきた価値観を否定されるかのような感覚を持っても不思議ではない。

こうした企業慣習は一朝一夕に変えられるものではない。こうした慣習を変えるにはどうしたらいいのだろうか。ニューヨークタイムズの記者であり、「習慣の力」の著者でもあるチャールズ・デュヒッグは、何百という学術的研究や数百人を超える科学者や企業幹部へのインタビューを通して、「習慣に変化を起こすのはたった一つの習慣を変えることに専念すること」であるということを発見し、このような習慣を「要の習慣(キーストーン・ハビット)」と名付けている。

人に関して言えば、適度な運動が生活の改善を促すことは様々な研究や調査が実証している。その現象を具体的に紹介すると、運動を始めると食欲が刺激され、職場での生産性があがる。喫煙量が減り、人に対して寛大になってストレスが減る、といったことである。因果関係は不明のようであるが、運動が引き金となって様々な変化が生まれるのは検証されているようである。この場合、運動が要の習慣ということになる。デュヒッグは、企業においても要の慣習(企業の場合は慣習といった方がいいだろう)を変えることで連鎖反応が起こり、悪しき企業文化が変革できるという。具体的な例として、米国のアルミ製造会社アルコアの例を紹介している。アルコアでは、1987年に新CEOが着任し、その直後にたったひとつの慣習だけを徹底したという。それは、事故が起きた場合に部署長が其の改善策を含めて24時間以内にCEOに報告するというものであった。事故ゼロを達成すれば昇進や報酬に反映し、報告を隠蔽した幹部は実績にかかわらず解雇された。それを徹底した結果、1年後には記録的な利益をあげ、新CEO在任中の十数年の間に、収益も株価も5倍になったそうである。アルコアの現場ではこうした慣習の徹底によって、現場の上下のコミュニケーションが増えるとともに、事故が起きる前の予防策に力を入れ、上司・部下が日頃から密に連絡を取り合い、アイデアを出し合うようになったという。働き方改革においても、その企業独自の要となる慣習があるように思われる。それを徹底させることこそ経営者や幹部の役割といえよう。

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