モチベーションとキャリア形成支援施策

安倍内閣が提唱する「一億総活躍社会」では、格差是正(正規と非正規)とともに女性、シニアの活躍促進、長時間労働の是正など働き方改革が柱になっているが、働く人のキャリア形成とモチベーションの観点が抜け落ちている気がしてならない。それは意欲ある人には能力や経験を育む機会を提供し、長期的にキャリア形成していくことを支援するという観点である。もちろん厚労省が過去様々な施策を行ってきたことは承知している。それを承知で世の中の風潮にあえて物申すということである。日本総合研究所の山田久氏は、近著「同一労働同一賃金の衝撃」の中で守島基博一橋大学教授の実証研究をもとにこの点を指摘している。それによると労働政策研究・研修機構が行った調査データをもとにした分析では、課長レベルでの賃金格差と処遇への苦情の割合に関する分析結果として賃金における最高者と最低者の格差が50を超えると急激に苦情割合(=不公平感)が増えてくるという。つまり人が格差を許容できるレベルがあるというのである。しかし、こうした不公平感の高まり度合いは人事施策の在り方に影響を受け、従業員の能力開発を重視しない企業の場合は、格差が30であっても苦情割合が急激に高まるという。このことは、能力開発施策がしっかり行われている企業の場合は、そのことによって自らの能力が高まり将来格差が解消される期待が生まれ、現在の不公平感が緩和されることを意味する。またこの研究では、昇進における敗者復活制度がある場合も同じような結果になるという。つまり、社員の能力開発を軽視し、一度躓くとレッテルが張られるような人事施策のもとでは不公平感は緩和されず働くモチベーションに悪影響を与えるということである。

さらにもう一つ観点として、処遇決定のプロセスの公正性を指摘している。これは、処遇決定のプロセスに従業員を参加させる、評価基準や処遇への反映ルールなどの情報公開、事後的なもめごとの解決の機会を提供するといった「手続きの公正性」といった概念である。これには以下の3つの点が重要とされている。

  1. 処遇の意思決定に関する情報公開:人事評価や処遇決定ルール・基準の公開と

    評価処遇結果の公開

  2. 処遇決定段階での従業員の声の聴取:評価の説明、意見聴取、結果への不満・

    苦情の申し立て

  3. 制度構築段階での従業員の声の聴取:評価処遇制度を構築する段階での従業員

    の意見聴取

 こうした観点から先の守島教授の研究では、評価への納得感は評価結果の公開の有無が影響し、労使協議の機関や苦情処理制度の有無が企業業績にプラスに働いていることが報告されている。

 山田久氏はこうした事例から同一労働同一賃金はあくまで短期的な視点であり、働き手のモチベーションを考えると人材育成や敗者復活などのキャリア形成への期待を醸成する長期的な施策と労使コミュニケーションの重要性を指摘している。

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