組織アイデンティフィケ―ションの危機

近年、雇用の多様化や国際化に伴って、経営理念に代表される組織アイデンティティ(組織として大事にしている価値観やモノの考え方、行動指針等)の浸透が従前よりも困難になってきていることが指摘されている。それは、世の中が複雑になり多重なアイデンティティが求められるようになってきたことも影響している。例えば、昨年は大型の経済事件といえるものがいくつか大きな話題となったが、これは見方を変えればこれまで美化されてきた企業への忠誠心が裏目に出たケースともいえる。企業のコンプライアンスが重視される現在、こうした忠誠心はともすれば企業における問題を隠ぺいするメカニズムとして働き、発覚したときに其の体質ゆえにより一層厳しい世間の目に晒し、企業を崩壊させかねない。逆にこうした企業風土に同化されず、自らのアイデンティティ(自らが大事にしている信念や信条、価値観)に基づいた行動をとることが長期的には企業のためになる時代ともいえる。しかしながらこうした組織アイデンティティに同化しない社員を抱えておくことは企業にとってはいささか心地悪いのも事実であろう。ある意味ではこれもダイバーシティ(多様性)マネジメントと言えるかもしれない。こうした組織における多重的なアイデンティティに対して経営者や管理者がどういう対処をすればどういう影響が出るかについては、学究的世界ではこれまであまり考慮されてこなかったようである。

こうした組織アイデンティティに同化していくことを組織アイデンディフィケーションというが、そこには、企業組織、事業部、部門、チーム、職務とった組織構造に基づいたそれぞれのアイデンティティと組織横断的に共有されるアイデンティティがあるとされている。組織構造に基づいたアイデンティティは職務に近いほど(下位集団ほど)同化水準が高くなる傾向にあり、職務満足などの職務態度と強い関係にあるという。組織横断的なアイデンティフィケ―ションは組織のために行動するといった組織市民活動に関連し、組織における分配的公正や手続き的公正がそれを強めるといった研究結果がある。組織市民活動はうまく作用すると企業変革を推進するエンジンになるとも言われており重要である。さらに組織全体へのアイデンティフィケ―ションとチームレベルでのアイデンティフィケ―ションがともに高い場合に、職務満足や組織市民活動が一層高くなるという結果もある。また雇用の面では、雇用期限の有無が組織アイデンティフィケ―ションに影響を及ぼすという。また、正社員においても勤務形態などによる組織員としての資格の多様化がより下位単位のアイデンティフィケ―ションを相対的に強くするように作用するという研究結果もある。こうした研究結果は、雇用の多様化や専門化が進む現在、組織全体に対するアイデンティフィケ―ションが相対的に低下することを予想させる。組織アイデンティフィケ―ションは、経営理念を浸透させ、組織的一体化を図るものでもある。組織における複雑性(多重なアイデンティティの存在、雇用や制度の多様性や人事処遇の公正性の有無等)が組織アイデンティフィケ―ションに及ぼす影響を十分考慮した取組みが重要であると言えるだろう。

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