若いうちの苦労が人を育てる時代は終わったのか

「若いうちの苦労は買ってでもしろ」、私たちが若かりし頃(今から30年以上前のことであるが)よく聞かされた話である。確かに、今の年齢になって振り返ると20代、30代のハードワークから得たものは大きかったように思う。まさに日本のバブル崩壊前のいい時代でもあった。中国のハイテク企業の急伸成長には驚異をいだくことが多いが、そこでは「996」という働き方が常態化しているという。それは朝9時から夜9時まで週6日働くという状態をいうらしい。週72時間労働である。今、日本が進めている働き方改革においては、まさに違法労働ということになるのだろう。しかし、こうした状況が、高速のイノベーションを可能にし中国のハイテク産業を一躍トップレベルに押し上げた背景にあることには誰しも異論はないだろう。こうした996労働は、スタートアップを立ち上げる企業家には当たり前のことであり、それは中国に限らず欧米でもアジアでも同じであろう。中国が違うのは、BATといわれるその頂点に立つ企業がその習性を失っていないことである。

 その中国でも、ここにきて従業員からこの996労働に不満が表明されているという。時代なのか、最近経営者の方々とこの問題について話しすると「鉄は熱いうちに叩け」「20代の苦労がその後を決める」といった若手育成の考え方をどう改めたらいいのだろうという悩みが聞かれる。これは必ずしも長時間労働を肯定する話ではない。しかし、20代はビジネスマンとしての基礎を固めるとともに様々な経験を積んで、自らの可能性を広げる時期である。こうした時期に労働時間の足かせは悩ましい問題といえるだろう。寝食忘れてという経験は、人の成長にとって重要な要素と考える人は多い。こうした中、アリババのジャック・マー会長は、「好きな仕事をみつければ996問題はなくなる。仕事に情熱をもてなければ1分1分が責め苦となる」と言っている。これも一つの考え方だろう。こうした考えを理論化したミハイ・チクセントミハイは、「時を忘れるくらい完全に集中して対象に入り込んでいる精神状態」をフロー体験と呼び、こうした状態を生み出すには以下の7つの条件が重要としている。

1. 目標の明確さ(何をすべきか、どうやってすべきかを理解している)

2. どれくらいうまくいっているかを知れる(すぐにフィードバックが得られる)

3. 調整と能力のつり合いを保つこと(活動が易しすぎず、難しすぎない)

4. 行為と意識の融合(自分はもっと大きな何かの一部であると感じる)

5. 注意の散漫を避ける(活動に深く集中し探求する機会を持つ)

6. 自己、時間、周囲の状況を忘れること(日頃の現実から離れたような、忘我を感じている)

7. 自己目的的な経験としての創造性(活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない)

要は、限られた時間の中でこうした状況を生み出せる環境をどう用意し、密度濃く体験を深めてもらえるかということなのだろう。別の観点からいえば、一人ひとりが単なる組織の歯車ではなくチームの一員となって変化、貢献を生み出せる(自らの存在意義を実感、役に立っている、成長している)と感じ、会社の将来ビジョンを信じられるようにする(組織への共感と一体感)ことともいえるだろう。

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