賃上げへのジレンマ

今年度の企業収益は大幅に改善され、税収も当初予定よりも増えそうだというニュースが新聞に踊っていた。過去最高益を予定している上場企業も多いと聞く。そのせいもあって、来年度の賃上げには相当の期待が高まっている。しかし、一方で気になることもある。大企業の収益のかなりの部分が海外で稼いだものであり、国内市場からの収益は依然として厳しいという見方である。国内市場相手の企業が多い中小企業はなおさらである。将来についてもそれは同じである。1つ例をあげるなら、野村総合研究所の予測によれば、日本の基幹産業である自動車では、2020年段階での乗用車市場は2011年の5500万台から8200万台と1.5倍になるそうであるが、その伸びの大半は中国・インドに代表される新興国市場である。つまり、国内市場は売り上げの伸びが期待できないのである。新興国の市場拡大の勢いが強く、日本は、少子高齢化で人口が減っていくわけであるから当たり前と言ってしまえばそれまでである。実際、少子化の影響で労働力人口は2020年には、2010年よりも275万人減るという試算もある。これは個人消費に直結する。反面、企業が抱える社内余剰人員は数百万人に及ぶという指摘がある。こうしたことを考えると、固定費となる人件費、特に月例賃金を上げるのには経営者として勇気のいる判断となる。おまけに、社会保険料などの企業負担は年々重くなっており、高年齢者雇用安定法の改正によって60歳定年以降も希望する人は雇用せざる得ない状況も出現している。もうひとつ、気になることとして、海外で稼いで国内雇用の従業員に報いるという構図がいつまで通用するかという問題もある。グローバリゼーションは否応なく加速している。有力海外市場の現地ニーズそれぞれに、現地化でいかに対応するかが今後の大きな戦略の柱となってきている時代である。社内資源をどう重点配分するか、経営者の悩みどころである。

 こうした状況を考えていくと、日本企業の課題は、成長戦略であり、その成長分野への資源の重点配分であることがはっきりする。こうした中での賃上げ判断である。賞与などの一時金で対応できればそれに越したことはないというのが経営者の本音であろう。

 上記の論点とは違う観点として、日本企業の労働生産性の低さの問題がある。サービス業に代表される労働集約的産業やホワイトカラーにその傾向が強いとされている。人的生産性の問題は、長年日本企業の課題と指摘されてきた。そして、それは組織効率においても同じである。いよいよその問題に本格的に取組まなければならない時期に来ているように思う。賃上げのジレンマは結局、ここに回帰する。

 アベノミクス成果で世の中、昨年とは様変わりである。少し浮かれ気分が過ぎるのではないかと懸念される向きもなくはない。来年は、浮かれ気分を締め直し、冷静に足元を見つめて将来へ向けての取組みを明確にする年にしたいものである。

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